常識の「なぜ」についての2回目です。ユースターを利用される方には、なるべくわかりやすく常識の理屈を説明したいと思っていますし、支援スタッフは、そのために工夫をしています。前のブログでも書かせていただきましたが、簡単にはできず、迷走するときもしばしばです。
まだまだ未完で未熟ですが、どんな工夫をしているか?といいますと、一つに「目に見えないことを目に見えるように提示する」です。
例えば:
「お詫びと会釈はお辞儀の角度が違います」という説明より「お辞儀の角度=(イコール)起こっていることの重さです!角度が大きいほど重いんです」と説明し、重さの順番の例を示します。例えば・・・
(どうもっ<こんにちわ<お客様、ありがとうございます<もうしわけありません)
人の社会生活の中で、可視化できないものはあまりにたくさんあることに気づきます。特にその国・地域・組織・仲間の中で築かれた独自の常識は難題です。
また、可視化を恐れて、触れないでいるものもたくさんあることを、改めて感じてしまいます。「いいから、そういうものなんだからっ!」ってどういうものなんでしょうか?
「なぜ」に向きあうことは、支援スタッフにとっては、利用者の方と自分の支援に向き合うことかもしれません。
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